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典子のときどきDiary.

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投稿日 2016.7.8

♪ソプラノ・サックスとの出会いは、或る日突然に!

尚美学園大学芸術情報学部を今春卒業した福島早織さんから、写真同封で便りが届いた。


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袴姿の福島早織さん。尚美学園大学卒業式にて。(2016. 3. 22)

 彼女は、音楽表現学科管弦打楽器コースのサックス専攻。私の「ピアノ指導法」を受講し、教育実習にも熱心だった(「典子のときどきDiary」⑤“尚美学園大学まで、往復5時間!”を参照)。
 5月3日に、日本サクソフォーン協会主催の「第13回サクソフォーン新人演奏会」に出演するので、できれば私に聴いて欲しいとのこと。
 各音大から、サクソフォーンで成績が1番優秀な卒業生が、この演奏会に推薦されたとか。
 これは、快挙! 何としても、お祝いをしなくては。
 “花より団子”とばかり、美味しい(と評判の)クッキーの詰め合せと、でも、やっぱり花も…と、私が好きな“ひまわり”の花束を持って、会場に駆けつけた。



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演奏曲は「レッスンズ・オブ・ザ・スカイ」。早織さんにピッタリの選曲。
(2016. 5. 3 川崎市高津市民館ノクティホール)

彼女の演奏は、とても素晴らしくて、10 2.png
楽器特有の音色にも、魅かれた。テナー、アルトと一味違って…。
演奏を終えた彼女をうんと誉め、そして聞いた。
「早織ちゃんのサックスは、何?」「ソプラノ・サックスです」
サックスに、ソプラノもあったのね。


♪ソプラノ・サックスのケニー・Gに酔いしれる日々
すぐさま、カラオケの達人で管楽器にも詳しい旧友に、ソプラノ・サックスのアーティストについて聞いてみる。彼は、私にとって“生き字引”のような存在で、心強い。
今回も、「ケニー・Gが断然いい」と教えてくれた。


そこで、まずは、父の影響で子供の頃から年中レコードを聴いて耳馴染んでいるスタンダード・ナンバーが収録されたCDを入手。
甘く、切なく、とろけるようなケニー・Gの演奏に10 2.png
次はバラード、さらにX’masアルバムと、立て続けに3枚のCDをコレクションしてしまった。


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cd-dvdイラスト.jpg典子の愛聴CD“ケニー・G”
♬ MY FAVORITE THINGS STANDARD BEST OF KENNY G
Song bird ballads of Kenny G
KENNY G miracles The Holiday Album
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朝に夕に、これらのCDを流し、まさにケニー・G中毒(!?)のような日々。
エンドレスでずっと聴いていたくて、家事をする気が全く起きなくなった。だから近頃は、時々
ケニー・Gを封印。掃除や資料整理を、まとめてしているの。



♪ヤマハ銀座店は、我が“心のふるさと”
6月18日(土)、久しぶりにヤマハ銀座店を訪れた。
「大村先生、ようこそ!」
宮崎研二氏(インフォメーション・マネージャー)の明るい声と温かな笑顔に迎えられ、懐かし
さがこみ上げて、涙が出そうになった。
ヤマハ銀座店は、“心のふるさと”と呼べるところ。
お付き合いのスタートは、半世紀も前に遡る。

昭和42(1967)年2月、ヤマハ銀座店で、父が私のために、グランドピアノを購入してくれた
のだ。
父は慶応大学時代にLight Music Societyでトランペットを吹き、結婚後は晩年までフルートを
演奏。ジャズもクラシックも、あらゆる音楽をノンジャンルで楽しんだ。
そのせいか、“音”には一家言あり、お店に数回足を運び、「これぞ!」と思うピアノを選定した
ようだ。
私は当時、たまプラーザ(横浜市)に居る家族と離れ、神戸に住んでいたのだが、1967年2月
27日付の、父からの手紙が見つかった(我家では、家族の往復書簡を殆ど保管してある)。
父は、ピアノのことを“ピアちゃん”と書いたりして、かなりのハシャギよう。

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その6年後(1973年)、父は61歳の時に病気で他界。このグランドピアノは、父の大切な形見となった。

それからまた7年後(ピアノを買って貰ってから13年後)の、1980年2月10日に、
まさか私がヤマハ銀座店でピアノセミナーを行うことになるとは…。
偶然にも、2月10日は亡き父の誕生日!
私を音楽の道へと導いた父は、きっと天国から娘に熱いエールを送っていたことだろう。


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第1回「大村典子ピアノセミナー」のスナップ。会場は、熱心な先生方で超満員!このセミナーは、私の人生における最大のターニング・ポイント。ヴィヴァルディ研究からピアノ教育へと、
私の活動分野が完全に転換したのだから。(1980. 2. 10 ヤマハ銀座店 ピアノサロン)


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第1回目のヤマハ銀座店(東京都)を皮切りに、全国を東奔西走。丁度5年後の1985年2月3日、
十字屋(鹿児島県)で、47都道府県を、くまなく廻った。上は、十周年記念セミナーを行う直前の
スナップ。(1990. 2. 3 ヤマハ銀座店 ピアノサロン)


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十周年記念セミナーには、私が各地でお世話になったヤマハの方々が参集して下さり、大感激!
ヤマハの方々とご一緒に仕事ができたことは、私のかけがえのない財産。
とても楽しく、充実していて、勉強になり…。生涯で、私が最も輝いていた時代だろう。
(1990. 2. 3 ヤマハ銀座店 ピアノサロン)




1995年7月30日、ヤマハホールで行われた「大村典子ファミリー連弾フェスティバル」に、
マハ銀座店ファミリー(店長・副店長・ピアノ係)も出場。
「もしもピアノが弾けたなら」を熱演して、会場を喜ばせた。
(「典子のときどきDiary」⑧39.pngを参照)
フェスティバルの2週間前、私はヤマハ銀座店に出向き、
ファミリー連弾のアドバイス。
谷口和之店長さんをはじめ、メンバーの和気あいあいとした楽しい練習風景を、つい昨日の
ことのように覚えている。

思い出深い“心のふるさと”ヤマハ銀座店に、10 2.png




♪「2016ヤマハ管楽器 新人演奏会」に驚嘆!
歴史あるこの一大イベントは、今年も3日間に亘ってヤマハホールで行われた。
私は、6月18日、木管楽器部門の演奏会を聴く。
3時間の長丁場なのに、非常に興味深く、全く飽きなかった。

新人演奏会2016チラシ.pdf

尚美学園大学を代表して、崎田彩加さんがフルートを演奏。休憩時、ロビーで彼女を見かけた私は、「とても良い演奏だったわよ」と思わず声をかけた。(2016. 6. 18 ヤマハホール)



新人演奏会プログラム表紙.pdf

*写真提供:㈱ヤマハミュージックジャパン アトリエ東京

出演者一人一人の背景がよく分るプログラム作り。新人を育てたいという企画者の強い愛情を
感じた。本人のコメントは、折に触れて読み返し、初心に戻れるだろう。
“恩師からの一言”は、きっと何にも勝る宝物!(2016. 6. 18 ヤマハホール)



各音大から1名枠で成績優秀者が推薦されただけあって、巧者揃い。
ピアノ伴奏者も凄くて、超現代の難解で体力勝負のような曲を、きゃしゃな体つきのお嬢さんが、
バンバン弾きこなすのには、舌を巻いた。
先の「サクソフォーン新人演奏会」と、この演奏会の両方に唯一出演したのは、国立音楽大学卒
の男性。ヤマハホールでの演奏が、はるかに魅力的だった。ホールの良い響きを味方につけ、彼
自身がどんどんノッてきて、体ごと楽しみながら吹いているのが、我々聴衆にもよく伝わった。

若者のエネルギーをたっぷり浴びた初夏の黄昏、
ますます元気になった私は、幸せな気分で家路についた。

      ピアノ伴奏も含む全ての演奏者に、
      この演奏会を企画・運営した「ヤマハアトリエ東京」に、
      良い響きで新人の可能性を引き出したヤマハホールに、



          みんな、みんな 10 2.png