典子のときどきDIary2 of 大村典子公式ホームページ

印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |


今日もイキイキ! 大村典子 公式ホームページ

HOME > 典子のときどきDIary2

典子のときどきDiary1
 <我が奇跡の街、カールスルーエ>

投稿日 2015.7.12

カールスルーエ教会1.jpg

 私は近頃、赤坂のドイツワインバーでランチをとる機会が度々あり、とても幸せ。
ドイツのワインが、白も赤も、こんなに美味しいとは知らなかったわ。
ドイツと言えば・・・。私に奇跡を起した街がある。ここで、いきなり40年前の昔に
タイムスリップ!
 東大で都市工学を専攻した弟が、ドイツ学術交流会(DAAD)の給費留学生として、
1974年6月から1976年9月までドイツに滞在することとなった。

 「留学先は、カールスルーエ大学に決まったよ」と弟が告げた時、私は一瞬、息が止まる
のではないかと思ったぐらい。カールスルーエには、著名なヴィヴァルディ学者、
コルネーダー*が住んでいるのだから。ドイツには、山ほど大学があるというのに、
よりにもよってカールスルーエとは! 何たる偶然だろう。
 *〈Walter Kolneder: カールスルーエ音楽大学の学長、カールスルーエ大学の音楽学教授〉

カールスルーエ大学1.jpg
☆カールスルーエ大学

 かくして26歳の弟は、やや緊張の面持で羽田空港を出発(1974年6月)。

写真 4.JPG
☆弟(出国前の羽田空港にて)

 その2か月後に女の子のパパとなり、初めての子育てはカールスルーエでスタートした。

写真 5.JPG
 ☆弟一家

 明けて1975年。父は1年半前に天国に召され、兄は転勤で家族を伴って地球の裏側の
リオデジャネイロ、弟一家はドイツという訳で、母と2人きりの寂しいお正月を過ごしていた。
 そこへ、神様からビッグなお年玉! 突然、コルネーダー自筆の葉書が届いたのだ。

☆「ヴィヴァルディの器楽作品対照表」
VIVALDI INSTRUMENTAL.pdf
Vivaldi表1.pdfVivaldi表2.pdf


 私が作成した「ヴィヴァルディの器楽作品対照表」をフランクフルトのべーレンライター社で
入手され、「良い仕事だから、“Die Musikforschung”(ドイツで権威がある音楽学の雑誌)
に書評を書き送る」と、天にも昇るような内容。
 すぐに礼状をしたため、留学中の弟を訪ねがてら4月半ばから1ヶ月ドイツ周辺を
旅することも付記。またコルネーダーから便りがあり、「是非、我家にいらっしゃい」と、
夢のような展開になり・・・。
 カールスルーエのコルネーダー教授宅に何度も招かれて大歓待された上、ヴィヴァルディ
研究に関する貴重なアドバイスも得られて、この上もない光栄な体験だった。


写真 10.JPG
 ☆Kolnederとのツーショット(1975年4月)

その後、教授の著書を大学時代の恩師と共訳(1977年)。

ヴィヴァルディの演奏法.pdf
☆コルネーダー著「ヴィヴァルディの演奏法」

写真 5.JPG
☆翻訳書に向けて、コルネーダーの推薦文

 1978年には、「ヴィヴァルディ生誕300周年記念論文集」の執筆メンバーに、ヨーロッパ
以外で唯一人名を連ねることができた(発行は1979年3月、イタリア)

写真 4.JPG


ANTONIO VIVALDI.pdf
☆「ヴィヴァルディ生誕300周年記念論文集」

Noriko Ohmura論文.pdf
論文集の大村典子執筆ページ(p.119〜149)


 これらは、カールスルーエにおけるコルネーダー教授との出会いがなかった
ら、決して実現しなかっただろう。
 ヴィヴァルディ研究書の刊行、弟の留学、コルネーダーからの手紙、私のド
イツ旅行・・・、まるで最初から計画されたように、全てのタイミングがぴっ
たり合ったのが本当に不思議。
 カールスルーエは、私に奇跡を起した街として、永遠に私の心の中に生き続けるだろう。

カールスルーエ城2.jpg
☆カールスルーエ城

写真 3.JPG


 私が初めて海外に行ったのがドイツだし、こんなにドラマティックなことがあったドイツが
好きにならずにいられない。サッカー・ワールドカップも、ついドイツを応援してしまう。

 このDiaryの冒頭にも書いたように、私が気に入っているドイツワインバーが赤坂にある。
セミナーやコンサートによく足を運んでくれるファミリーのお店。ワインは勿論、お料理も
美味しくて、一緒に行った人たち(いつもメンバーが違うので、余計に楽しい)が、
みんな大喜び!!リピーターが多いのも納得できる。
 店長の"良介君"(何しろ、彼が中学時代からの付き合いなので、こうとしか呼べない)に、
「ドイツワインへの思いを綴ってよ」とオーダー。
すると、こんな壮大(!?)なレポートがFaxされてきて、彼の情熱がひしひしと伝わり、
目頭が熱くなった。私も強力なエールを送りたい。
 ここからは、"ドイツワインバーゆううん赤坂”、ヒゲの店長にバトンタッチ。


<ドイツワインバーゆううん赤坂 友岡良介

 先生に初めてお会いしたのは私が中学2年か3年の頃。今から20年ほど前のことになりますか?
私はあの頃まだ熊のような髭もありませんでしたし、ワインを飲むような習慣もありませんでした。
もちろん。

大村典子ファミリー連弾フェス.jpeg
☆銀座で行われたフェスティバルのプログラム(1995年7月)

友岡ファミリー.JPG
☆『♬パパがピアノに初チャレンジ!』のコーナーで
「どじょっこふなっこニューオリンズ風」を
熱演中の友岡ファミリー(良介君は高1)。

 大学時代、私はドイツ語を専攻し学部時代に一年間、交換留学生としてドイツの首都ベルリンにある、ベルリン自由大学へ留学しておりました。他の留学生よりも、比較的頑張って勉強した学生だったと思います。一年やり遂げた達成感が体中にみなぎり、留学帰りの私はもうキラキラしているわけです。ドイツ語もかなり上達し、もしかしたら顔つきも一皮むけたように変わっていたかも知れません。いや、ドイツビールの飲みすぎでお腹まわりが膨らんでいたのは確かです(笑)。帰国後、さらにドイツ語を勉強する以外に道はないと思い、そのまま大学院に進学しました。

 大学院修了前の夏ごろ、もう一度ドイツで生活したい淡い希望を持っていると、恩師である教授の紹介でドイツのワイン販売会社に就職する話が舞い込んできました。ワインに特に興味はありませんでしたが、ドイツでまた生活できるなら何でも良い、という気持ちで再度ドイツ行きを決意しました。2005年の3月27日、卒業式の2日後に飛行機で飛び立ちました。

 以前留学していたベルリンとは全く異なる、雄大な自然、牧歌的風景、ユネスコ世界遺産にも認定されているライン河中流域のぶどう畑に囲まれた小さな村での生活が始まりました。それまで自分がワインに対して抱いていたイメージと言えば特別な日に飲む、特別な、何かよくわからない渋い飲み物。大して美味しくなくても美味しそうに飲んでいるか、「このワイン飲みやすいね」と言っておけば良いお酒、くらいのものでした。ところが再度渡独し現地で飲んだワインはそんな認識を根底から覆すものばかり。まずワインとは、日常的に、どんな生活のシーンでも気軽に飲まれるものであり、そして恐ろしく美味しいと感じる素晴らしい飲み物でした。こんなにも美味しい飲み物がドイツにはあったのか・・・、毎日が驚きと感動の連続でした。

DSC_0463.jpg
☆取引先の葡萄畑にて
DSC_0747.jpg

 素晴らしいワインがたくさんあるにも関わらず、日本では全然紹介されていない、現地の味が知られていない。日本ではいまだに「ドイツワイン=甘い」と誤解され、初心者向けのワインと認識される傾向があります。そしてドイツワインと言えばコンビニやスーパーで見かける黒猫ラベルのワイン、マドンナという名の甘いワインです。実はこれらはドイツ人が誰も知らない、ドイツでまず手に入らないドイツワイン。これが日本ではドイツワインの代名詞のように思われているのが現状なのです。日本ではワインの輸入量は年々増加し、巷でもワインが気軽に飲める飲食店が増えてきました。しかしドイツワインの輸入量は伸びることはなく、残念ながらデパートのワイン売り場でも隅に追いやられています。そこで、ドイツの本当に美味しいワインを自分で選別し輸入する会社を立ち上げようという話が、日本にいる家族との間で持ち上がりました。


 ドイツのワイン会社では3年ほど勤務し、私が本帰国するタイミングにあわせ両親、姉とともにドイツワイン専門輸入会社、「シュピーレン・ヴォルケ」を立ち上げました。コネも経験も、実績も資金も店舗もない、本当に何もないところからのスタートでした。会社名の「シュピーレン・ヴォルケ」についてご説明しなければなりません。私が昔お世話になっただけでなく、家族ぐるみで仲良くさせていただいた書道家の先生の墓石に「遊雲」という字が大きく彫られていて、お墓参りの度に心温まる良い字だなぁと感じ入っておりました。そこでこの字をお借りし、会社名をドイツ語の造語で「シュピーレン/遊ぶ・ヴォルケ/雲」とさせていただきました。書道家の先生のこの「遊雲」という字は、会社のロゴとして、またワインボトルに貼られる輸入者シールにも記載し、また赤坂のワインバーでも額に入れて飾り、いつでもどなたでも見ることができるようになっています。

yuun.jpg

 ドイツワインバーゆううん赤坂オープン!!ワイン会社を立ち上げた当初から目標としていたことがありました。それは、自分たちで輸入したワインを提供する直営ワインバーを作ること。物件探しに苦労して1年半ほど要し、2011年10月末に東京赤坂見附にワインバーを作り上げました。なぜワインバーを作る必要があったのか。私たちはドイツのワイナリーを直に訪問し、仕入れ先を選別します。ワインを試飲するだけではなく、醸造設備、セラー、ぶどう畑など隅々まで見せてもらい、ワインの品質の良さだけではなく、作り手の人柄、ワイン作りへの思いを重視し、共感できる醸造所のワインを選りすぐって(苦労して)直輸入しています。だから作り手の人となりは一番よく理解し、一本のワインがどんな風景の、どんな畑で、どんな家族に作られているのか語ることができるのは私たちだけ。こだわって仕入れたワインだからこそ、他人の手からではなく、自分の手で、お話を交えながらお客様に飲んで頂きたい、そのためには直営のワインバーが必要だったわけです。早いものでオープンから4年近くが経ちました。お客様には、妥協のない直輸入の美味しいドイツワインが飲めるお店であると大変ご好評をいただいております。グラスにワインを注ぐと、生産者の顔が目に浮かぶ時があります。そのワインを美味しいと言っていただけると、ワインバーを作って良かったと改めて感じることができます。

スキャン.jpeg
☆ドイツの葡萄畑と醸造所


 是非一度、当店へ足をお運び下さい。「大村典子先生の~」の合言葉で何かサービスがあるかも
知れませんよ。皆様のご来店を心よりお待ちしております。

友岡良介
「ドイツワインバーゆううん赤坂」
東京都港区赤坂4-2-2
赤坂鳳月堂本店ビル5階
TEL:03-6426-5978
http://www.yu-un.com/bar.html

image001.jpg69_007.JPG
友岡夫妻(昨年結婚したばかりのアツアツカップル)


<ドイツワインバーゆううん赤坂 アシスタントシェフ 嶋口しらべ

 会社を立ち上げる時から自分の夢でもあり会社の目標でもあった直営のワインバーの
オープンは、ワインの輸入会社を立ち上げてから4年目の2011年10月でした。
今思えば飲食業の事など何も分からない素人の私たちが、よくぞオープンする事ができたものだと感心してしまいます!

 素敵な人たちとの出会いがあり、沢山の友人にも助けて頂き「ドイツワインバーゆううん赤坂」始まりました。オープンから2年半「ゆううん」のお客様に美味しいお料理を出してくれた
「艸シェフ」。

 何もないゼロからの出発を精神的にも支えてくれました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

今年の春からは新たに「松島シェフ」がゆううんの仲間に加わり、お客様を始めスタッフ一同皆、
まっちゃんのお料理にドキドキわくわくの日々を過ごしております。
何をたべても「美味しい!!」「うまっ!」の声が上がる厨房って本当に楽しいです!
50歳をちょいと過ぎたベテランシェフ「まっちゃん」の口癖「シンプルに…シンプルに…」。
彼から生まれるお料理は、素材の旨味を存分に生かし、心にも体にも優しく、また透明感あふれる
ドイツワインにぴったりです。

image002.jpg645_207.JPG
☆アシスタントシェフの姉と、店長の弟

 私は小さい時から母の手伝いをしていた事もあり料理は得意で、友人を招いて
ワインパーティーを開いたりしておりましたが、ゆううんのシェフのそばでプロ
としての沢山の事を学ばせて頂いております。
大村先生の「美味しいわぁ〜♪」という笑顔を拝見し、これからも心を込めて
美味しいお料理を作っていきたいなとあらためて感じました。

 「ゆううん」という空間は音楽やその他の芸術家の方たちに気軽に活用して頂いております。
時にはミニコンサートとワインのパーティーを開いたり、壁には数ヶ月ごとに入れ替わり絵や
写真、書などの個展を開催しております。
その時その時で、色んな世界観に囲まれてワインとお料理を楽しんで貰える素敵な空間です。
気取らずアットホームなお店ですので、お気軽にお店に足をお運びくださいませ。
皆様とお会いする日を楽しみにしております。  嶋口しらべ


image003.jpg
♪典子&しらべのツーショット


yuun pic.png